クレーム対応・応招義務

応招義務について

1 応招義務の概要

 医師および歯科医師は、診察治療の求めがあった場合には、正当な事由がなければ拒んではいけません。この義務のことを、応招務(応召義務)と呼びます。

 医師法第19条第1項、歯科医師法第19条第1項に定められています。

 

 医師および歯科医師がこのような義務を負う理由については、医師・歯科医師は、医師免許または歯科医師免許を与えられ、独占業務(免許を有しない者は業務を行えない)に従事しています。その反射的効果として、医師及び歯科医師に応招義務を負わせることが正当化できると説明されています。

 

 この医師・歯科医師の応招義務は、公法上の義務とされ、患者に対して直接的に負う義務(私法上の義務)ではありません(令和元年12月25日付の厚生労働省医政局長通知(医政発1225第4号))。また、応招義務に違反した場合に医師・歯科医師が刑事罰を受けるような法律上の規定はありません。

 補足しますと、法律の世界には、公法(国と個人との間を規律する法領域)と私法(個人と個人の間の規律を定めた法領域。民法などは私法です。)があります。応招義務が公法上の義務であるというのは、平たく言うと、医師又は歯科医師が、患者からの診療の求めを正当な事由がなく拒めば行政上の処分を受ける、ということです(但し、これまで応招義務に違反して行政上の処分を受けた事例の記録は無いようです。)。

 しかし、応招義務が公法上の義務であり患者に対して直接負う義務ではないとしても、公法上の応招義務に違反した場合には、私法上も患者に対して負う民法上の義務に違反したとして、不法行為に基づく損害賠償責任(民事上の責任)負う場合も考えられます。

そのため、医師および歯科医師としては、患者に対する関係でも、公法上の義務である応招義務を念頭において対応することが求められます。

 

2 正当な事由とは

 実際の診療の現場で問題となるのは、診療を拒むに際しての正当な事由とは何か、です。

全てのケース・事例について、網羅的に、正当な事由の有無を予め判断して言及することはできませんが、一定の判断基準を示した行政上の見解があります。その一定の判断基準について、前述の令和元年12月25日付の厚生労働省医政局長通知(医政発1225第4号)の中で言及されています。

 前述の通知によると、厚生労働省は、“最も重要な考慮要素”は、「患者について緊急対応が必要であるか否か(病状の深刻度)である」であるとしています。

 “次に重要な要素”は、1つ目に、診療時間内か時間外か、勤務時間内か時間外か(勤務医の場合)です。2つ目に、患者と医療機関・医師・歯科医師の信頼関係を挙げています。

 以上を表にまとめると、(表1)のとおりになります。

 

(表1)

最も重要な要素 患者について緊急対応が必要であるか否か(病状の深刻度)
 次に重要な要素

(1) 診療時間内か時間外か、勤務時間内か時間外か

(2)患者と医療機関・医師・歯科医師の信頼関係

 つまり、最も重要な判断要素に基づけば、当該医師が即時に患者の診療にあたる必要性(緊急対応の必要性)が高いと診療を拒むことは難しく、病状が深刻ではなく緊急対応の必要性が低い場合には、状況により診療を拒むことも認められる場合があるということになります。

 例えば、心肺停止の状態の患者が目の前にいて治療を求められたのに、自身が救急科専門医ではないことを理由に蘇生措置等の応急措置すら行わないケースでは、正当な事由があるとは認められないでしょう。他科の医師でも、患者の状態が深刻な場合には、応急処置をとったうえで他院へ転送または救急要請することが求められます。

 他方で、患者について緊急対応が必要ではない場合(病状が深刻ではない場合)、診療時間外であれば正当事由が認められる方向へ判断が傾きますが、診療時間内であれば正当事由が認められない方向へ判断が傾きます。

 例えば、歯科で齲歯治療中の患者が、患者自身の都合(例えば、仕事で忙しい等)を理由に診療時間外の診療を求めてきたのに対して診療時間外であることを理由に拒むことはできますが(診療時間内に来院するように依頼して帰す。)、同じ患者が診療時間内に診療を求めてきた場合には当然ながら診療を拒むことはできないということになります。

 

 また、治療行為は、一般的に身体への侵襲性を伴います。患者から医師・歯科医師への信頼がなければ、医師がそのような侵襲性のある治療を行うことは適当ではありません。また医師・歯科医師から患者への信頼もなければ、同様に侵襲性を伴う治療を行うことは適当ではありません。例えば、皮膚科で医師が皮膚を切開しようとした際に、「動かないでくださいね」という医師の指示があるにもかかわらず患者が体を動かせば危険です。医師から患者に対して、「患者さんが医師の指示に従ってくれるだろう」という信頼がなければ治療に集中できません。

 このように、診療には、患者から医師・歯科医師に対する一方向的な信頼でなく、信頼関係が双方向に存在することが必要と考えます。つまり厚生労働省の言う患者と医療機関・医師・歯科医師の信頼関係とは、患者と医師・歯科医師間の「相互の信頼関係」と理解するべきです。

 したがって、例えば、医師・歯科医師、医療機関に対して迷惑行為(大声を出す、威圧的言動をする、身体的暴力を振るうなど)を重ねる患者に対し、診療を拒むことは正当な事由があると言えます。身体的暴力に関しては、刑法上の暴行罪に該当しますので警察へ110番通報することを勧めます。

 

 

3 厚生労働省が示す正当な事由が認められる事例

 前述の厚生労働省通知において応招義務に違反するか否か具体的な事例を念頭に整理したとされる5つの記述があります。概要は以下のとおりです。

 

(1)患者の迷惑行為

 診療の基礎となる信頼関係が喪失している場合には、新たな診療を行わないことが正当化される。

 

(2)医療費の不払い

 不払いのみをもって診療しないことは正当化されない。しかし支払能力があるにもかかわらず悪意を持ってあえて支払わない場合等には診療しないことが正当化される。

 

(3)入院患者の退院や他の医療機関の紹介・転院等

 医学的に入院の継続が必要のない場合には、通院でも対応すれば足りるため、退院させることは正当化される。

 機能分化・地域連携を踏まえ、病状に応じて大学病院等の高度な医療機関から地域の医療機関を紹介・転院することも正当化される。

 

(4)差別的な取り扱い

 患者の年齢、性別、人種・国籍、宗教等のみを理由に診療しないことは正当化されない。

 特定の感染症(1類・2類感染症等は除く)への罹患等合理性の認められない理由のみに基づき診療しないことは正当化されない。

 

(5)訪日外国人観光客をはじめとした外国人患者への対応

 日本人患者の場合と同様に判断するのが原則である。ただし、文化や言語の違い等により、結果として診療行為そのものが著しく困難であるといった事情が認められる場合にはこの限りではない。